Desire
                            氷高颯矢
 
 唯一と言って良い友人の助言で俺、佐久間蓮治は眼鏡をやめた。
「おはよう阪口」
「えっ?お前……レンジ?へぇ…眼鏡一つで随分と印象って変わるもんだね」
 少し背が低いこの友人、阪口芳朋は人懐っこい笑顔を見せた。
「そうか?」
「お前ってカオも格好良かったんだなぁ♪」
「これでタイム伸びるだろ?」
「そだな。」
 陸上をやるのに眼鏡は面倒だった。単純に、それだけの理由だったんだ。
 なのに…この時、俺は自分の顔がどれ程影響力を持つのか全く解らず…その理由も知らなかった。
 まさか、それが自分を失うキッカケだなんて――。

「これ、読んでください!」

 眼鏡をやめた途端、女子に声をかけられ、あまつさえ手紙まで渡される機会が増えた。
 最初は素直に嬉しいと思ったが、内容は殆ど同じで――好きだのなんだの書いてあっても、その理由が気に食わなかった。次第に腹立たしくもなり、それにすら飽き始めた。
「今月になって何通目?」
「今日を含めて13通?全部その場で読んで捨ててるけど…」
 内容を確認し、速やかにゴミ箱へ。ゴミはきちんと捨てましょう。
「かぁ――っ!何なのソレ?!」
「他人を外見で判断する女に興味はない!」
「お前…ムカツク。」
 阪口が口を尖らせて感想を述べる。でも、これは本心からじゃない。
「阪口だって知ってるだろ?魚住ケイトとかいう奴に似てるって理由で俺を好き?ふざけんな!…って言いたいよ」
 そう、手紙の内容はいつもこうだ。

『最初、"Seed"の魚住君に似てるなと思って見ているうちに好きになりました』

 魚住ケイト――この名前を聞かない日は無いくらい俺の生活はこいつに侵食されている。
「そういやレンジ!魚住の出てたドラマ再放送するらしいぜ?」
「ふ〜ん…で?」
 TVには興味が余り無い。ウチで見るのはニュース番組くらい。だから、その"Seed"ってヤツも、魚住も、芸能人とか全部ひっくるめて知らないし、興味が無かった。
「見てみねぇ?気になるじゃん!」
「いいけど…」
 阪口がそう言うので、一度くらいは見てみようかと思った。そのまま阪口の家に行く。どうせ、家に帰っても俺が一人だという事を阪口は知っているので時間を気にしたりしない。(むしろ、俺の方が気にする…。)
「確か…姉ちゃんの情報によると――あっ、始まってる!」
 居間のTVの前で新聞のTV欄をチェックしていた阪口が急いでTVをつけようとした時――
「やぁ〜ん!芳くんビデオ〜!」
 阪口の姉と思しき人が駆け込んで来たかと思うと、俺を見るなりこう叫んだ。
「えっ?嘘っ!魚住ケイト――ッ?!」

「――ゴメン。」
 帰り際、阪口は一言謝った。
「別にいいよ…俺も自分でも分かったし…」
 正直、少しショックだった。自分と同じ顔をした人間がこの世にいるなんて…。
 そのドラマは『パーフェクト・キッズ』といって、3人の男の子と1人の女の子が探偵まがいの事をする、1話完結式のもので、魚住ケイトはその中で南条旭日という役を演じていた。その顔は少し幼いながらも、俺の顔そのものだった。このドラマが放送されたのは3年前というから、実際は俺よりも年上のはずだ。そこも、イヤな所だった。自分より年下なら、向こうの方が後から生まれたんだから、向こうが俺に似てるんだと言いきれるのに…
「あんなレンジに似た人が居るなんてびっくりした…」
「俺に…似てる?」
「――?どした?」
「…何でもない」
(コイツは何も変わらない…俺自身を認めてくれてる)
 不意に、迷いが晴れたような気がした。
(俺が奴に似てるんじゃなく奴が俺に似てるんだって周りに認めさせるには一体どうすれば――)
 何気なく目に留まったのは、電気店のショーウィンドウの中のTVだった。その画面に映っていたのは二人組の男。
『――という訳で俺らの弟分を募集します!』
『"ジンクス"の弟分オーディション開催大決定!』
(――これだ!)
 何故かそう思った。その場で応募要綱を生徒手帳にメモした。考えるよりも動いていたのかもしれない。身体ではなく、俺の運命が――。

(奴より有名になる!同じフィールドで勝負して要は勝てば良いんだ!)

 その晩、生まれて初めて履歴書というものを書いた。
「応募動機…」

『魚住ケイトより有名になりたいから』

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第2話「ラストチャンス」へ続く。